| 1975年 |
当時、和歌山県立伊都高校の2年生だった平阪が和歌山県を代表するバンドを作ろうと和歌山県立笠田高校の亀岡など他校のメンバーを誘い「危機一髪」と言うバンドを結成するが、亀岡は平阪と考え方が合わず1日で脱退する。 |
| 1977年 |
ヤマハのコンテスト「8.8ロックデイ」のジュニア部門で和歌山代表となった「危機一髪」は本選で優秀賞を受賞。以後、数々のコンテストで入賞し注目を集める。 |
| 1981年 |
第22回ヤマハポピュラーソングコンテスト和歌山県大会において亀岡がソロでグランプリ。関西四国大会に出場する。 |
| 1982年 |
第23回ヤマハポピュラーソングコンテスト和歌山大会で「一発逆転」と名前を変えた平阪のバンドとソロの亀岡が初めてぶつかり、一発逆転がグランプリ。以降、平阪と亀岡そして後にデビューする西司で和歌山県代表の座を争う事になる。「一発逆転」は第23回、27回、31回と関西四国大会に出場。奨励賞、ベストアイドル賞を受賞する。 |
| 1983年 |
亀岡がプロミュージシャンを目指し福岡に旅立つ。 |
| 1984年 |
半ば音楽の道を諦め福岡から帰って来た亀岡と平阪が再会。その時、平阪が歌った「キンキのおまけ」で意気投合した二人はヤングミュージックフェスティバルに出場し和歌山県大会で優勝。 |
| 1986年 |
平阪のバンド「一発逆転」に亀岡が加わり、4月インディーズレコード「キンキのおまけ」を発売。テレビや新聞に取りあげられ話題となり3社のレコード会社から声がかかる。8月ビクター(現在のビクターエンタテイメント)から「キンキのおまけ」でメジャーデビュー。 |
| 1987年 |
5月、同じくビクターから「ロンリー・ナイト・ランナウェイ」「WAKAYAMAラブソング」を発売。 |
| 1988年 |
デビュー当時からライブを続けてきた大阪梅田バナナホールで9月1日、2日と2DaysLIVEを行い、トータル600人を動員する。振り返れば亀岡&平阪にとってこの頃が全盛期だったのかも…? |
| 1989年 |
東京でのライブが在京音楽事務所社長の目に止まりバンド名を「WINDS」と改めインディーズアルバム「STANCE」を発売。 |
| 1991年 |
レコード会社を日本クラウンに移籍し、3月、「ほっといてんか」を発売。10月アルバム「YOU目を覚ませ」を発売。 |
| 1992年 |
3月、亀岡が「WINDS」を脱退。8月上新電機TV-CMソング「冗談じゃないぜ」を発売。後に200万枚の大ヒットとなる山根康広の「Get Along Together」を含むファーストアルバムを平阪の自宅スタジオ、サウンドスクラップでレコーディング。「WINDS」はアレンジ、オケ、コーラス、ミキシングエンジニアとトータルでサポート&ディレクトする。 |
| 1993年 |
当時5人のメンバーだった「WINDS」が山根康広のレコーディング&LIVEのサポートなどでそれぞれが忙しくなり3月「WINDS」を一旦解散。 6月平阪が亀岡を誘い二人ユニットとして「ウインズ」を再出発させる。9月、吉野家TV-CMソング「世界中に笑顔を」を発売。11月、アルバム「ライバル」を発売。 |
| 1994年 |
2月、イセキトラクターTV-CMソング「ライバル」をシングルカット発売。 7月から9月まで地元和歌山で開催された世界リゾート博のステージで毎週ライブを行う。 9月、シングル「君が抱きたい」を発売。 |
| 1995年 |
「君が抱きたい」が有線からヒット。5月、カップリング曲を変え「君が抱きたい」を再発売。2万枚をセールスする。8月アルバム「ウインズ3rd」を発売。 |
| 1997年 |
1月、シングル「スキなんだ」を発売。関西を中心に多数のライブを行い、確実な動員を誇る。日本クラウンからエイジップミュージックに移籍。 |
| 1998年 |
4月、移籍第一弾シングル「ちょっと勝手なPROPOSE」を発売。 |
| 1999年 |
1月シングル「止まらないで」を発売。11月桂文福を会長とする、和歌山出身芸能人会の発足に参加。会のテーマ曲として1986年に制作した「WAKAYAMAラヴ・ソング」のニューバージョン「和歌山LOVESONG21」を制作。 |
| 2000年 |
10月、テレビ和歌山の新番組「紀南まるごとTV」(週2回)に平阪がメインキャスターとして起用される。10月20日ウインズを含め12人のグループ、ワ!つれもていこらーズで「和歌山LOVESONG21」をインディーズ発売、ウインズは作詞、作曲&プロデュースし関西で話題となる。 |
| 2001年 |
「和歌山LOVESONG21」が引き続き話題を集め、2月8日日本クラウンより緊急発売。10月レギュラー番組Kiss-FM神戸「ウインズのナイトブレイク」がスタート。11月1日、アルバム「ウインズBEST」をリリース。大手プロダクションから同じ名前の3人組w-indsがデビュー。以降、間違えられたり偽者扱いされる事が多くなり他府県での仕事が激減! |
| 2002年 |
平阪のレギュラー番組「紀南まるごとTV」で4月からスタートした路上LIVEコーナーが人気となり、視聴率が急上昇!7月高校野球ワイドニュースのエンディング曲「たとえ今…」を制作。 |
| 2003年 |
またも「紀南丸ごとTV」の視聴率がアップ!10月より亀岡がテレビ和歌山の「わかやまナイズ」にレギュラー出演開始。11月より「昨日、今日そして明日」が国土建設テレビCMソングとしてON AIR開始。 |
| 2004年 |
7月10日「ウインズ5」アルバムを発売。10月NHK「お〜い日本」でオーケストラをバックに300人と「和歌山LOVE SONG 完結編」を歌い県内外に感動を呼ぶ。「紀南まるごとTV」が自社制作番組中実質視聴率トップとなる。WTV新番組「木と生きる」で平阪がナレーションを担当。 |
| 2005年 |
和歌山の若手アーチスト育成を目的とした和歌山音楽祭を主催。 NHK和歌山放送局地上デジタル放送開始記念テーマ曲を制作、平阪が同記念ミニドラマにも出演。「止まらないで」が和歌浦ベイマラソンwithジャズのイメージソングとなる。 |
| 2006年 |
7月29日にデビュー20周年記念アルバム「ウインズHistory」、11月25日には「ウインズ20周年DVD」を発売!2月の和歌山県民文化会館LIVEを皮切りに東京、大阪、神奈川、岐阜など各地でLIVEそして多数の番組にも出演!秋には収録曲の「もう何も言わないで」がUSENインディーズチャートで8週連続ベストテン入りし年末にはデビュー20周年特番が放送されるなど、デビュー20周年にふさわしい1年となる。 |
| 2007年 |
2006年12月から2007年5月にかけて全国20社のテレビ局で、ウインズ20周年記念番組「ウインズHistory」が放送される。4月からスタートの番組、テレビ和歌山「@あっと!テレわかNEWSスタイル」に平阪がレギュラーとして出演する。7月から昭和プロダクションに所属し、7月7日「ウインズ7Album〜道〜」を発売。9月には和歌山県知事 仁坂吉伸氏を表敬訪問し、これからの和歌山を語る。10月よりMBSラジオ「ラジオの達人」とABCラジオ「フレッシュアップJAM」にレギュラー出演するなど充実した1年となる。 |
| 2008年 |
2007年10月から始まった「ラジオの達人」「フレッシュアップJAM」が2008年3月で終了。4月から新たにKiss-FM「キッス・イン・ザ・ウインズ」が始まる。 |
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